いろいろ詩のこと

「て、わた し」で紹介している詩について

こんにちは。
山口勲です。
「て、わた し」での私の担当は原稿のお願いと詩の翻訳をしています。
今回は「て、わた し」で紹介している詩について書きます。

私が主に翻訳しているのはアメリカ合衆国に暮らすパレスチナ系やラティーノといったマイノリティの詩人。だいたいが三十代や二十代。つまり私と同世代です。

ときには差別にさらされる彼らは、生活と、生存との距離が近くにあります。彼らを守らないことを当然とする思考がはびこる社会を目の当たりにします。

私が翻訳している合衆国の詩人は個人が守られなかった経験を根底に持っています。そして守られなかった経験は複数の差別を伴っています。
人種差別、そして性差別。最後まで話を続ける前にカテゴライズされ無視された経験。


詩を書く人はある民族の中の、ある家族の中の自分自身を正確に捉えそして、その正確さをもって社会と対峙しています。
彼らの言葉は「生きづらさの中で生きる」ことを書くことで実践してきたと思っています。

私は彼らの詩を朗読イベントやブログで彼らの詩を紹介していました。

彼らの詩をもっと広い読者…紙媒体で紹介しようと思ったのは、2016年に息子が生まれてからです。例外なく待機児童問題に関わることになりました。
保育園は一度落ち、二次の募集で入ることができました。

そんな中で身に迫ったのは「保育園おちた日本死ね」という言葉。この言葉へ対応した為政者の「誰が言ったか確認しようのない」という言葉です。
この二つは誰が話したかを含めて2016年を象徴する政治的と生活が密接に関わる言葉となりました。片方は切実な声として。もう片方は切実さを一過性のものとして片付ける声として。

そして、私は改めて思いました。「保育園おちた日本死ね」という声ははけして一過性のものにしてはいけないということ。
そして、生活の全てが政治と関わっていること。
変わらないこともそれ自体が政治と関わっているということ。

その中で私が手に持っている「生きづらさの中で生きること」を記した言葉は、作品を超えた新しい輝きを持ちました。
私自身の生きる力を強めてくれる可能性の輝きです。

そしてもう一つ思いました。
これまで詩を読んだことのない人にも伝わる言葉があるのかもしれないと。

私が紹介したいのは例えば、こんな詩です。

この話、前にもしたね  ジョセフ・ミルズ 訳・山口勲



この話、前にもしたね、
娘と僕、なんどもしたね
おこづかいで
なにを買いたいかについて、飴玉について、
どうやって弟が彼女を困らせるかについて、
彼女を生んでくれたひとがどこにいるかについて、


それからこの話、前にもしたね
息子と僕、なんどもしたね、
どれくらい息子の足が速くて、馬が速いのかについて、
飴玉について、どれほど姉が彼に威張っているかについて、
馬がぜんぶでいくらかかるかについて、


それからこの話、前にもしたね
妻と僕、なんどもしたね、
僕らがとてもつかれていることについて、
子どもたちになにを買ってあげたくて、
ぜんぶでいくらかかるかについて、
どうやって子どもたちが僕らを困らせるかや、あまりにはやく
大きくなることについて、どれほどおそろしいことが
これから起きうるかについて、この人生について、
この人生が、ひどくふりまわされながらもすばらしく、
そしてどうしたら、なにをしていたら、またできるのか、
この人生を、何度も、
何度も

Joseph Mills 「Miraculous Turning」より(訳は「て、わた し」準備号より)

一見して、家族のありうる会話です。
でもこの詩人の家族構成を読むとけして、ストレートには読めなくなります。

この詩を書いた詩人Joseph Millsは大学の教授として詩を教えています。
彼は白人ですが、子供二人はアフリカ系。養子を迎えたのです。
人種の違う子供たちと家族を作ることは当人の知らないところで事件がおきます。
別の詩では描かれるのは娘の水泳教室を通して現れる世界との戸惑いです。

教室が終わると娘はかけよってくる、笑っている、 
「見てた、バパ?」、僕は高く抱き上げ、
顔についた水滴をネクタイで拭うと、先生が
微笑みながら言う「お嬢さんはすばらしい黒…お嬢さんのくろ…


失礼しました。お嬢さんは上手にクロールできるようになりますよ」
とまどいを隠せない先生を見て、僕は悟る。
白人の親と黒人の子供のとりあわせは
もっとも立派な人々を打ちのめしうるって。


Joseph Mills 「Miraculous Turning」より「水泳教室」

Joseph Millsさんの詩を読みながら、私は親はだんだんと親になっていくこと。
そして、家族はだんだんと家族になること。そして一つ一つの出来事を通して大切になっていくことを学びました。
改めて、ではなく、おそらく初めて学びました。

Millsさんが詩に書いた一つ一つのことと衝突と成人してからの成長を自分と重ねたい。
それだけに止まらず、自分自身が生きる社会ときちんと向き合うものとして文学を捉えたい。

その結果、できたのが「て、わた し」という日本の詩と世界の詩を対バンのように紹介する雑誌でした。

3月22日 翻訳のリトルプレスのトークイベントをします

3/23(土)15時から西荻窪の書店「忘日舎」にて、翻訳と創作を掲載するリトルプレス「ゆめみるけんり」と合同で、翻訳や創作、またリトルプレスについてのトークイベントを開催します。

独立系の本屋を中心に展開するリトルプレス。
大きな書店に置かれた文芸誌では取り上げられにくいジャンルを扱う私たちが、どんな気持ちで本を作ったかを知っていただくには、本だけでは足りません。

今回、一緒にお話をする「ゆめみるけんり」の発行人の一人、工藤順さんは、ロシア文学の翻訳家として未知谷から「不死 プラトーノフ初期作品集」を昨年出版されました。

なぜ翻訳を始めたのか。
どんな風に翻訳したい作家と出会うのか。
どんな本を作りたいのか。
私も今から楽しみです。

予約はPeatix または問い合わせページから承ります。
ぜひお越しください。

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